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Virkato Wakhmaninov(1873-1974)はコーカサス地方の平均的なマトリョーシカ職人の夫婦の間に生まれる。
父の「お前は雄だ雄になるのだ」との願いから雄猫の名を付けられたVirkatoはその名の通り雄雄しいサンボの達人へと育っていく一方で音楽教師であった母からピアノを習いむしろ本来の雌雌しさが開花する。しかしマトリョーシカ相場の下落により実家が没落。愛用していたスタインウェイも差し押さえられてしまい以降音楽の教科書の裏表紙で練習することになる。
記念すべき最初のピアノ協奏曲「蠍火」の構想はそんな失意と絶望の中生まれた。発売されて間もないメロトロンをオーケストラに融合させるなど、当時としては新しい試みもみられた意欲作であった。
本来三楽章からなる一般的なピアノ協奏曲の構成を予定していたが、初演が大きな鍵盤と円盤によって急遽行われることになったため二分強にまとめた一楽章の形で発表されることとなった。そのため短時間での明暗・静動の起伏が激しくなっており、このあたりに絵本「よかったねネッドくん」からの影響も見受けられる。
初演を終えたVirkatoはその結果に満足し、調子に乗って「サントラを買う者は更におぞましきものを聴くであろう」と語ったという。そこでやめとけばよかったものを。
その後Virkato自身がこの「大きな鍵盤と円盤のための」変奏について語ることは少なかったが晩年になって「鍵盤7つでは無理があったやもしれない」との言葉を残した。気付くの遅いよ。
(解説:小林健二)
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