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ノクスとマタン。見事なまでに美しい対称性を持った二つの存在があった。
一つの自己より生まれし彼らは互いは引き寄せ合い、合わさって完全なる論理を持つ超越者の系譜をたどる予定であった。
しかしそれぞれの環境によって生まれた感情の誤差が宝玉リスタチアによって大きく増幅され
完全美を保っていた論理的対称性は引き合うどころか崩壊してしまった。
調和の崩壊は心の中に恐ろしい矛盾を招きはじめた――
弱き環境で育ったノクスはルサンチマンより生まれし負の感情に支配されはじめ
次第に自己矛盾を引き起こす『似て非なる存在』のマタンを認められなくなっていった。
そして、苦悩した末ついにマタンを悪の存在とし排除することによって『完全なる正義』となる道を選んでしまう。
強き幸福な環境で育ったマタンは慈愛に満ちあふれ、全てを理解した上、ノクスを救いたい思いだけが心を支配する。
2つに分かれてしまった自己。それぞれの盲目的な正義は、本来あるべき姿とは程遠い結果を招いた。
古来から世を正してきた超越者の系譜が、こうして完全に失われたなど誰ひとり知る由もなかった
ゼクトバッハ叙事詩第3章第5節『失われた系譜』より
やあ、皆。我の名はZektbach。通称Zektbach the CURUCURU。旋回のゼクトバッハだ。
今回の話で叙事詩の中心を支配している重要なことが明らかになるのだ。
第4章のApocalypseよりも譜面が整然としているのは
時系列を遡り、この話ではまだ世界が混沌に支配されてないからである。
…ということにしておこう。
さて、幾分か昔の話をしよう。
とある街の冒険者が集う酒場に伝説の絵師がいた。
以前より彼女の噂は幾分も我の耳に入ってきておった。MAYAである。
酒を酌み交わし冒険談をしているうちに、第3章の情景を表現できるのは彼女しかおらぬと思い
ゼクトバッハ叙事詩の全容を伝えたところ快諾してくれたのである。
それから数ヵ月のちに出来上がった素晴らしい画は皆も知るところであろう。
では、次の章までさらばだ!
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