SVとランブリングの成立過程に関する記録(2012-2071)

2012年、アメリカンスターズ社装甲車両設計部門が米陸軍向けに世界初の『多脚式不整地走破型トランスポーター』を開発。“ソルジャーボーイ”と呼ばれた多機能で汎用性の高いこのロボットは、軍に投入されると急速にその地位を固めていった。

その後の数年間で多脚式不整地走破型トランスポーターの技術は普及し、2018年頃には、現在も見られる数社のメーカーが商業及び、土木工事用途向けに“スクートビハイクル(SV)”と言う名称で、これらのロボットの一般市場への販売を始めた。

この頃の文献でも既に一部の愛好者たちがSVを戦闘用に改造し、対戦をしていたとの記録が見受けられるが、SVを駆って対戦をするための場所は限られており、こう言った対戦は、それほど一般的ではなかった。そして、そのような状況を大きく変えるきっかけとなったのは、皮肉にもある環境回復計画の致命的な失敗だった。

2020年。アメリカ合衆国を中心としたグローバル環境保護協会が実施したテスラ型天候制御装置“クラウドバスター”の環境回復実験は、東アジア及び欧州全域の二酸化炭素を増大させ、気温の上昇と都市部の急速な砂漠化を進めると言う大惨事を巻き起こした。結果、多くの都市が居住不可能となり、各国政府はシェルター都市への移転を余儀なくされると共に、廃墟と化した都市を放棄するに至った。人の住まなくなった都市では、密かにSVを駆った戦闘が行われるようになり、それはやがて“ランブリング”として知られるようになっていった。

それから30年以上が経過する中、ランブリングは若者の人気を獲得した新たな戦闘競技として着実に世間に普及していった。世界各国には崩壊した都市を転用したランブリング専用の競技場が設けられ、試合の模様が一般放送されるようになった。こうして多くの人々が“ワイアヘッズ”と呼ばれる競技者として、ランブリングに参加するようになったのだが、それと比例するように競技中に負傷する競技者がう なぎのぼりに増えていった。

このため競技中の負傷事故に対する世間の批判と、公の監視が厳しくなっていることを感じたSVメーカーは、2050年に共同でランブリングを公的に管理運営する組織“FIRA(世界ランブリング連盟)”を結成。いくつかの技術変革を経て、2071年現在のランブリングでは、全てのSVが光無線によって遠隔操作されるようになったと共に、競技者がSVに乗り込んで競技に参加することを禁止している。

また今日ではネットワーク上の仮想世界サービス“ヘイブン”を通じて、競技者の管理が行われており、新規参加者がヘイブンにアクセスするための“ランブリング・スターターキット”の提供や、プロ競技者向けのライセンスの発行などもFIRAの管理下で行われている。




積層脳素子開発史(2008年-2071年)

2008年。米陸軍は世界初の『多脚式不整地走破型トランスポーター(SVの原型となったロボット)』の開発計画に着手したものの、そのコンポーネントは1人のドライバーが操作・操縦するには複雑すぎる面があった。そこで軍はトランスポーター専用の管制装置の設計を半導体開発を手がける複数の企業に要請した。

シリコンハート社も、そのようにして軍からの要請を受けた企業のひとつである。彼らは軍の研究者と共同で、この新しい管制装置の中核となる半導体集積回路を開発する任務についた。開発当初、彼らは既存の兵器と同じように、さまざまな用途別に種類の異なる集積回路を開発しようと試みる。だが火器管制装置、レーダー警戒装置、安定制御装置など、個別に開発されたそれらの集積回路を連動させただけでは、あらゆる兵器を搭載すると言う汎用性の高さに主眼を置くトランスポーターのシステム的なバランスを取ることはおろか、基本的な機能を維持することも困難な状況であった。

2011年。多くの失敗を重ねたのち、シリコンハート社の開発員は当初は予測もしなかった所からトランスポーター用集積回路の答えを見出した。彼らは、動物の脳の機能と動きのパターンをシミュレーションすることで、動物が本能的に持つバランス感覚や攻撃意識、自衛本能などを併せ持った全く新しい有機ベースの集積回路パッケージ(チップ)の開発に成功したのだ。また、それと同時にこの新型チップにはモデルとなった動物たちが持っている多くの能力が再現されていることも発見された。鳥をモデルとしたチップは遠距離から獲物を捕捉する処理に優れ、亀をモデルとしたチップは自衛本能に優れ、クマをモデルとしたチップは至近距離における打撃能力に優れた処理を見せた。こうして完成された新型チップは『動物型積層脳素子』と呼ばれることとなった。

2012年。シリコンハート社は試作型の動物型積層脳素子を中核としたトランスポーター専用の管制装置を米陸軍に提出した。しかし、シリコンハート社の期待に反して、軍側はこの新しい動物型積層脳素子の採用に難色を示す。軍側は、その理由として『動物型積層脳素子が本能だけでなく、自我も持っている』ことを挙げた。驚くべきことに、この新しいチップは高い学習能力を保持しており、その多くが人と会話をする術を覚え、戦闘時に自分の意見を主張し始めたのだ。このため軍側はチップを人間の制御下に置くべく、シリコンハート社に対してチップの自我を抑圧するように指示した。この段階における全ての動物型積層脳素子がトランスポーターを上手く機能させようと努力し、ドライバーからの命令を拒否するチップなど存在しなかったにも関わらずである。だが結果的にシリコンハート社は軍の指示を受け入れ、動物型積層脳素子から自我を形成していると思われるデータは取り除かれた。

このような過程を経て完成したのが『電子式合成脳素子(Eチップ)』である。Eチップでは考えられる限りの個体差は取り除かれ、自我は抑圧されてなくなった。このため動物型積層脳素子が持っていた学習能力と多くの本能も失われてしまったが、非有機体を主体とする頑強な構造とトランスポーターを実用化させるに足る基本的な管制能力が米陸軍には評価され、『多脚式不整地走破型トランスポーター(SVの原型となったロボット)』の管制装置として正式に採用されるに至った。(近年、完全に自我が抑圧されているはずのEチップがドライバーとコミュニケーションを取ろうとしているとの報告があるが、確認されたほとんどのメッセージは不要なデータの欠片であり、論理的なメッセージは予めプログラムされたものであったと言う報告がシリコンハート社からなされている)

2023年。一部のランブリング競技者及び、開発関係者からの情報漏洩によって、動物型積層脳素子の自我を抑圧した米陸軍及び、シリコンハート社の行為に世間の注目と批判が殺到した。同時に誰もが動物型積層脳素子に対する倫理感に疑問を持ち始めた。『チップは自分の考えを持っているのか?』『それともプログラムされて考えを持っているように見えたのか?』『もし、チップが本当に自分で考える力を持つならば、彼らは生きているということか?』当時、これらの疑問に対する明確な答えはでなかったものの、この事件をきっかけに動物型積層脳素子に対する自我の抑圧は少しずつ中止されていった。もっとも、そこには軍用としての地位を確立したSVの更なる進化を望む軍側と、バーチャルペットとして一般市場への動物型積層脳素子の販売を計画したシリコンハート社の思惑があった、と言うのが今日の有識者間の見解である。

2025年。シリコンハート社より一般市場向けに調整された『動物型積層脳素子』を搭載したバーチャルペットが販売される。やや遅れてソリッドサーキット社が自社で開発した『動物型積層脳素子』を搭載したバーチャルペットで市場に参入。3年後には『動物型積層脳素子』を含む人工知性の人権を討議する『世界人工知性体権擁護推進審議会』が発足。以後、人工知性の権利は部分的にではあるが、各国の法律でも検討されていくようになる。

2027年。シリコンハート社と、ソリッドサーキット社より相次いで『ランブリング用動物型積層脳素子』が販売される。その構造は軍用のチップをスペックダウンしたものではあったが、元々がSVを制御するために開発されたものであるだけに瞬く間に競技者間に普及し、それまでのEチップに代わる存在となった。もっとも、その一方で軍用動物型積層脳素子の払い下げ品や、これまでと同じようにEチップを使い続ける競技者がいることは今日となんら変わりはない。また、この頃から競技者の間では、動物型積層脳素子に対して圧倒的に性能の劣るEチップを“チープ”と言う蔑称で呼ぶようになったとの記録がある。

2050年。FIRA(世界ランブリング連盟)発足。SVに対してEチップないしは、動物型積層脳素子を搭載することが明確にルール化される。(それ以前でもチップの手助けなしにSVを満足に動かすことなどできなかったわけだが……)同時にランブリング参加希望者に対してEチップの無料配布を開始。今日ではネットワーク上の仮想世界サービス“ヘイブン”に接続するための機能も搭載されている。

このようにして2071年現在に至った動物型積層脳素子だが、一般市場、とりわけランブリングに参加する競技者たちにとっては最初のチームメイトであり、戦友でもあるチップはなくてはならない存在であると言えるだろう。もちろん数十年に渡って改良がなされてきた現在のチップは、競技者である人間と共に成長し学習する、より高度な能力を持つようになった。だが、ひとつだけ忘れてはならないことがある。有機ベースである動物型積層脳素子は少しずつ劣化し、いずれは機能を停止する。その限られた動物型積層脳素子の時間を“競技の道具”として扱うか、それとも“友人”として扱うかは、あなた次第であると言うことだ。



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